2007年03月12日

ジャングル・マンデー

 オレはこの仕事に向いていなかったんじゃないかと思う。だって、そうだろう。金曜の晩にたまらない解放感にひたったまま日曜の晩まで突っ走って、あっという間の月曜日。朝、目が覚めて何時なんだろうと時計を見て、針の指す時間にどきどきしながらそれから今日は何曜日だって思い出そうとして、いつも「あっ」と思う。しまった、今日は月曜日だ。また、一週間が始まっちまったんだ。本当は始めから知ってたんじゃないかと自分でも思うぐらい、許されるぎりぎりで気がつくこのタイミング。オレ、やっぱりこの仕事嫌いなんだろうな。
 そんな感じで、毎週のようにブルーな気分一杯で電車に揺られながら職場に着くと、今朝は一段とスペシャルだった。昨夜、調子に乗って飲み過ぎたのか。それともクーラーのろくに利かない満員電車で撹拌されているうちに、脳みそが溶けたか蒸発したかそんなところなのか。ともかく、オフィスの中にいるのは全て動物に見えた。課長の席にはチンパンジーが座っていたし、先輩の席ではアライグマが眼鏡をかけていた。京子ちゃんの席にはすましたコアラが座っていて、田沢の席には馬が……そうか、前から何かに似た顔だと思っていたら馬だったのか。呆然と立ちつくすオレの横でチワワが大きく「ワンッ」と吠えて、東海林さんの席に座った。オレはよく分からなかったが、一応
「おはようございます、東海林さん」
と言っておいた。
 戸惑いながらも自分の席に座ると、横ではフクロウが嘴でパソコンのキーボードを打っていた。そうか、森田さんは根っからの夜型だからな。いつものように、まずは今朝来た書類から片づけようと、受け取りに積んである書類を上からいくつか取り上げた。……文字が書いてない。ただ、蹄の跡が点々と並んでいる。クラクラした。そうか、馬は文字が書けない。そこが納得するところじゃないぞと自分でも分かっていたが、これ以上深く追求する無駄をオレは悟っていたので、何も考えないことにした。社会人を二年もやっていると、オレも大人になるさ。馬の蹄から田沢の書いた課内回覧か何かだろうと検討つけて、森田さんの受け入れに回した。一つクリア。二つめは、と取り上げた書類には子供の手形みたいなものが一面に押してある。でも、どこか子供のものとは違う。ははぁ、課長か……。そう言えば、課長は前からチンパンジーみたいに部下にキーキー言っているばかりで、仕事らしいことをしてるとこ見たことないな。これは、課長がチンパンジーでも前と変わらないんじゃねえかと思いながら、その書類も森田さんの受け入れに入れた。
 次に受け入れに入っていたのは手紙だった。もちろん、宛先は書いていない……少なくとも日本語では。代わりに二本の線のようなもの書いてあった。オレはどうしてこの印でオレの所まで来るのだろうかという疑問には気がつかないふりをして、手紙を開けた。中には一枚の便せんと返信用の封筒が入っていた。便せんは右半分に、封筒の表書きと同じような四本の線が引いてあるだけだった。「ははあ、縦書きか、国内から来たんだな」と、オレはここでも大人の対応をした。そして、この手紙は誰から来たのだろうと考え始めた。まず、象が鼻で筆を握っているところを想像した。あり得ない話でもない。次にイカが自分で吐いた墨を足先に付けるところを思い浮かべた。これも、あり得る話だ。そして、アリクイが長い舌で墨汁を舐めているところを想像した。うんうん、これもあり得る……わきゃないだろ!オレは一言叫ぶと、送られてきた便せんにぐるぐるとむちゃくちゃな記号を書き殴り、返信用の封筒に入れて投函用のトレイに置いた。「二度と送ってくるなよ」と呪いの言葉も忘れずに付け加えながら。
 少し気の落ち着いたオレのところに、課長がやってきた。いや、課長の席にいたチンパンジーがやって来た。右手にはオレが先週出した報告書が握られていた。その報告書ははっきりと日本語で書かれていた。よかった、オレはちゃんと人間の文字を書いてたんだ。課長は、いやチンパンジーは報告書をオレの机の上に広げると、机をトントンと叩きながらキーキーと叫んだ。オレは戸惑いながらもシュンとして、おとなしく聞いていた。課長のチンパンジーは次第に興奮してきて両手で机をバンバンと叩き、何度も大きく飛び上がった。そして、最後には机の上に上がって報告書をびりびりと破り、高く放り上げて白い雪のようにあたりに降り散らせた。
 オレはその様子を眺めながら、課長ももっと大人にならなくちゃな、と思った。もちろん、目の前で興奮しているのが課長なのかチンパンジーなのかという疑問にはぜんぜん気づかないふりをして。

(2007.3.12)


この作品はデジタル社会塵第23回に参加しています。
条件:
1)知らない人から手紙が届く
2)その差出人宛てに手紙を出す(返事を出す)
3)雪が降る


― いかがでしたか?(さらに詳しく
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posted by 貴 | Comment(0) | TrackBack(0) | 企画もの
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