2005年05月01日

夜、列車で海を渡る

 北欧3国がまだEU加盟をしていなかったから、少し前の話だ。僕はデンマークを抜けてスウェーデンに向かう夜行列車に、ドイツのハンブルグから乗車した。トーマスクックの時刻表によると、この列車はデンマークでフェリーに積まれ、海路でスウェーデンに上陸することになっている。「バイキングの国になかなかふさわしい趣向じゃないかな」と思ったので、ドイツでクシェット(簡易寝台)の切符を入手して乗り込んだのだ。
 そのときのコンパートメントは確か中年のフランス男性、中年のアメリカ男性、若いアメリカ男性、そして僕という構成だったと思う。2人のアメリカ人と僕は旅行中の気安さで、消灯までの1時間ぐらいを取り留めのないことで談笑しながら過ごした記憶がある。内容は、それは本当に面白い話だったのかも含めて、まったく覚えていない。ただ、このコンパートメントは安全そうだと、ホッとしていたことだけは覚えている。
 消灯間近に互いにお休みの挨拶を交わすと、めいめい自分のベッドを作り始めた。僕のベッドは列車の進行方向側の上段、揺れは少し大きいが、車輪が線路の上でゴトゴトンッと繰り返す音は気にならない。身支度を簡単に済ませると、僕は狭いベッドに横になった。すぐに、コンパートメントの電気を誰かが消し、ドアの鍵を下ろす音がした。周期的に繰り返す揺れと昼間にたまった疲労に眠気を誘われて、すぐに僕は眠りに落ちていった。次に目覚めるときには、そこはスウェーデンだろう。

 突然、ドアをノックする音で目が覚めた。下段のフランス人がドアを開けると、まぶしい光が廊下から差し込んでくる。いつの間にか電車は止まっていて、外は静かだ。僕は手を伸ばしてコンパートメントの電気を付ける。夜中の2時半頃だっただろうか。開いたドアから、紺の制服を着た男女2人がコンパートメントに入ってきた。
 彼らがデンマークの税関だと分かったのは、寝ぼけた頭がようやく目覚めてきた頃だった。この時、既にデンマークはEUに加盟していたし、停車駅のない通過国だったので、まさかパスポートコントロールに来るとは思ってもいなかった。こんな夜中に、と皆で顔を見合わせながら渋々パスポートを順番に渡す。税関職員はビザをチェックすると、スタンプも押さずにパスポートを返した。やはり、まだEUを出ていないのだ。
 税関職員は、最後にアメリカ人の若者のパスポートをチェックすると、不満そうな顔をした彼に返した。彼は受け取ったパスポートを首からぶら下げた貴重品袋に入れて、シャツの下にしまう。さて、これで終わりかなと誰もが思ったとき、職員がアメリカ人の彼のバッグを指さした。チェックするからバッグを開けろと言うのだ。仕方がないと苦笑しながら、彼はバッグの口を全開にした。どうぞとばかりに彼が職員の方に向かって頭を上げると、今度は中の物を出せと言う。彼は何か小さな声で口走ったが、諦めたようにバッグの一番上に詰まっていた袋を取り出した。もういいかな、というように再び職員の方を見る。さらに出せという合図。結局、彼はバッグの中の物を全てベッドの上に広げることになった。もはや、運が悪かったと笑うしかない。回りで見ていた僕達はその様子を彼と共に笑いながらも、次は自分の番ではないかいう不安で少し落ち着かない。だが、見せしめは彼だけで終わりだった。税関職員は、広げた荷物の前でアメリカ人に簡単な謝意を伝えると、「お休み」と言って僕達のコンパートメントを出て行った。

 アメリカ人はバッグの中身を元に戻し始めた。他の者は再び自分のベッドの上に戻り、身を横たえる。今はもう、誰も言葉を交わそうとはしない。荷物を片付けたアメリカ人がコンパートメントの電気を消した頃、遠くで列車のドアが閉まる音がした。税関職員が列車から降りたのだろう。
 列車はゆっくりと前進し、しばらくしてまた停車した。しかし、完全に停まったという感覚が無く、絶え間なく静かに揺れているのを感じる。やがて、そのゆれに微かな加速度が加わり、列車ごとどこかに運ばれているのが分かった。すでに、スウェーデンに向かうフェリーに乗っているのだ。僕は暗闇の中で目を閉じると、バルト海の穏やかなさざなみを感じながら再び眠りに落ちていった。

(2004.7.3)


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posted by 貴 | Comment(2) | TrackBack(0) | 紀行
この記事へのコメント
評価:☆☆☆☆(おもしろい)
Posted by komomo at 2006年11月21日 10:18
評価:☆☆☆(まあまあ)
Posted by Mr.X at 2007年10月05日 17:27
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