2007年01月28日

東京ホタル

 仲間とはぐれた一匹のホタルが、瞬くネオンの光群に誘われて大都会に紛れ込んだ。だけど遠くから見た光の粒子達は近づくほどに大きくなり、街灯やテールランプ、電飾や信号機などへと次々姿を変え、ホタルらしいものは一つも残りはしなかった。
「ああ、みんなどこに行ったんだろう。ここはどこなんだろう」
つぶやいたホタルに、背後から来た何かが勢いよくぶつかった。
「痛いっ」
「ああ、ごめんよ。気づかなかったもんでね」
答えた先をよく見ると、闇の中にぼうっと白い羽と太い触覚が見えた。蛾だ。
「気づかないだって?僕はいつもこうやって、光りを出して知らせているじゃないか」
「光り?なんのことだ、そりゃ?」
ホタルが怒って尾部の光りを蛾に突き出すと、蛾は大声で笑い出した。
「それが光ってるんだって?ははは。ここいらで光るっていうのは、ああいうのをいうんだぜ」
そういって蛾が触覚を向けた先にはまぶしい街灯の光りが見えた。
「じゃあ、悪いが俺は急いでるんでね。あの光りを見ると飛ばずにはいられない、わかるだろ」
蛾はそう言うが早いか、街灯に向かって羽ばたいていった。
「あれが光ってるだって?ただ下品に明るいだけじゃないか。光りっていうのは瞬きながらいつでもメッセージを伝えているものさ」
遠く去っていく蛾の後ろ姿を眺めながら、ホタルは憤慨して言った。

 あてもなくホタルは街の上を飛んでいた。誰か自分の送る光りのメッセージに気づいてくれるのではないかと期待したのだが、蛾の言っていたことは本当なのかも知れない。これだけ光りが溢れる所では、自分のことなど誰も気がつかないのではないかとホタルは思い始めていた。はぐれてしまった仲間とも会えそうにないな……。そう思ってホタルが遠くを見渡した時だった。誰かが自分にメッセージを送っている。絶えず点滅を繰り返し、小さいながらもしっかりとした強さで確かにメッセージを送り続けている。ホタルはその光りに自分も尾部の瞬きで答えながら、見つけた『仲間』めざして飛び始めた。その光りが地上333m、東京タワーの頂点につく航空障害灯の明滅だということも知らずに。
 身体の小さなホタルには、タワーの全長を一度に昇るのは無理だった。それで、少しずつ、少しずつ、タワーの梁で休みながら昇っていった。時は既に深夜をまわっていたので、タワーのライトアップもとうに終わっている。障害灯はほかのビルやタワー自身にもいくつか付いていたが、ホタルの知っているメッセージを送ってくるのはタワーの頂点にある障害灯だけだった。それで、ホタルはタワーの上にいる仲間と孤独を共有している気分になっていた。
「きっと、あいつにもメッセージに答えるやつはいなかったんだ」
ホタルは昇りながら考えた。
「だから、きっとこんな上まで昇ってきたんだ。誰も見つけられなくて、だから誰からも見つけられるとこを探して、こんな高いところまで昇っていったんだ」
次第にホタルの体力は限界に近づいていた。昇る時間より休む時間の方が長くなってきていた。今夜、あの仲間と合流するのは諦めた方がいいかも知れない。もうすぐ、鳥たちが目覚める朝がやってくる。
 「今夜はそこまでいけない。明日の夜、会おう」ホタルは新たな仲間に光りのメッセージを送ると、安全な寝床を探して下界に目を向けた。すると、少し離れたところに今まで見たこともないほど温かい光りが満ちているのが見えた。「あれは何だろう」光りはホタルを呼ぶメッセージを送ってはいなかったが、疲れたホタルはもうそんなことを気にはしなかった。ただ、温かい光りに吸い寄せられて、タワーの中ほどから街路樹のそばにあるその光りまで一気に降りていった。青白い光りがホタルの身体を包む。不思議な気持ちだ。堪らなくなってホタルは光りの芯まで飛び込んだ。
「バチッ……バチッ」
虫寄せランプのそばに張り巡らせた高圧線から少し鈍い音を伴って火花が飛び、ホタルの身体を白色光が貫いた。

(2006.8.28)

この作品は超短編小説会の2006年8月のタイトルに参加しています。
条件:タイトルが『東京ホタル』


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