2005年04月16日

用心棒の意地

 商家の手代が、数人のちんぴらに取り囲まれている。
「佐吉、悪いことは言わねぇ。その手の荷物、こっちに渡した方が身のためだぞ。」
ちんぴらの一人が、がたがたと震えている佐吉から小さな風呂敷を掴み取る。
「おや、やけに軽いな。この中身は紀州藩に献上する酒のはず・・・。や、佐吉、たばかったな!」
振り上げた男の手を、どこからともなく石が飛んできて打ち据えた。
「いてぇ、なにしやがる。」
振り返った男の前に、2人の侍が現れる。1人は藍の着流しに身を包み、端整な顔立ちをした若者。そして、もう1人は絣の着物に袴をはき、骨太な顔立ちをした壮年の美男。
「おぬしらの欲しがっている物なら、番頭が既に紀州藩の倉に納めてある。」
壮年の男が涼しい顔で告げる。「野郎、何ぬかしやがる!」「ただで済むと思うなよ!」ちんぴらが口々に叫び、いきり立つ。きりっと睨みをきかせ、大刀にそっと手をかける若者。依然懐手のまま、どこに目の焦点を落とすでもなく悠然と構える壮年の男。ちんぴらが、ゆっくりと二人を囲み込むように広がりながら、その間合いを縮める。
「カットー!」
ここで、撮影所に張りつめた空気を崩す、監督の声が響いた。今は、人気時代劇「旗本二人旅」の撮影中である。

「いやー、よかったね。古賀君の立ち回り。あれじゃ、僕でも敵わないな。」
殺陣師の平沼さんがお世辞を言うと、ちんぴらとのタテを演じ終えたばかりの若者侍は照れて笑った。平沼さんも平沼さんである。古賀の立ち回りは素人目にもひどいものだった。一歩踏み出すごとに腰が踊り、目線も刀の切っ先を追うばかりで相手の所作など眼中にないのが丸分かりである。結局のところ、古賀は人気だけなのだ。
 それに比べて俺は、と思う。剣道のキャリアは既に二十年近い。それ以上に長い毎日、欠かさず木刀を振って鍛錬を怠らず、もはや道場でも師範代の腕前だ。しかし、役者稼業は鳴かず飛ばずで三十五才、たまに来る仕事もすっかり悪役が板に付いてしまった。今回も、悪行三昧の田原屋の用心棒として出ていく自分が情けない。

「シーン12の3、テイク1、スタート。」
助監督のカチンコの合図で、俺が本作で唯一、殺陣を演じるシーンの撮影が始まった。巨漢の田原屋に伴われてカメラのアングルに落ち着く。
「先生、ここはひとつお願いします。」
田原屋の決まりぜりふに俺は「おう」と軽く答えると、古賀の前に立ちはだかった。両足を肩幅より少し狭く開き、半身に構えて右手をそっと腰の刀に添える。このまま、前進して古賀を追いつめながら居合いのように刀を抜くが、その刀を古賀が躱しながら返す刀で俺をざっぱりと斬る、というのが筋立てである。
 古賀に向かって睨みをきかせると、俺は台本通りに手を刀に添えたまま、腰を落とし摺り足で進んだ。古賀と目があった。すると、何を慌てたのか古賀は手から大刀を取り落とした。まさかと思ったが、古賀の目に怯えの色が浮かぶのを見逃さない。しかし、勝ち気な性格が幸いしたのか、古賀はすぐ脇差しに手を添えると負けずに俺をにらみ返した。おもしろい。少しもんでやるか、と俺も遠慮なく歩を進める。一歩一歩、近づくごとに俺が勝ちを譲る気がないと悟ったように、古賀は腰が引けていった。そのザマを見て、俺は開き直った。もう少し骨があれば台本通りに進めることもできたが、こうなっては仕方ないな、と。
 古賀との勝負はあっけなく着いた。面前に立った俺に古賀はもはや戦意なく、刀の柄を腹部に軽く当てただけで腰砕けになって倒れた。そして、俺がゆっくりと大刀を抜くと、古賀は慌てて立ち上がり、セットの裏へと逃げていった。
 次は、と俺は辺りを見回した。壮年の侍、桜井が田原屋を追いつめているのが見える。
「待たれい、新見殿。尋常な勝負といたそう。」
桜井に役名で、時代がかって大げさに声をかけると、間合いを一気に縮める。桜井も俺の趣向が分かったらしく、田原屋を置き去りに俺と対峙した。しかし、やぁ、と軽くかけ声をかけて対向し目を合わせたときから、実力の差は明白だった。気合いと共に打ち込んできた桜井の一撃を、体を軽く左に入れ替えてやり過ごす。頭上より脅かすように構える桜井の気迫に対しても、俺は大刀を右手にだらりとぶら下げているだけで構えすら作らない。苛立った桜井が大上段から渾身の力を込めて一気に振り下ろす。再び体を入れ替えてそれを躱した俺は、大きく空を切った桜井の刀を軽く右足で蹴っていなした。怒りに駆られた桜井は、肩で大きく息をしながら矢継ぎ早に刀を振り回す。軽く刀身を合わせてその動きを止めた俺は、そのまますっと後ろに下がった。支えを失ったように桜井は前のめりになる。俺は、下を向いた桜井の刀に向かって自分の刀を一気に振り下ろした。カーン、高い音を残して桜井の刀が半ばから折れる。呆然と立ちすくむ桜井に向かって、俺はゆっくり青眼に刀を構えた。桜井は折れた刀を放り出すと、セットから飛び出した。
「カットだ。ばかもの、カットー!」
我に返った監督が慌てて声を上げる。助監督が若侍を探しにセットの裏へ駆けていった。
「ふふふ、やはり先生は頼りになりますな。」
俺と同じで悪役が板についてしまった田原屋が、不適な笑いを浮かべながら、俺にねぎらいの言葉をかけた。

(2004.6.12)


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posted by 貴 | Comment(4) | TrackBack(0) | 小説
この記事へのコメント
評価:☆☆☆(まあまあ)
Posted by Mr.X at 2005年11月17日 16:25
評価:☆☆(いまいち)
Posted by Mr.X at 2006年06月25日 17:18
評価:☆(ツマラナイ)
Posted by Mr.X at 2006年07月17日 05:11
評価:☆☆☆(まあまあ)
Posted by Mr.X at 2007年02月28日 18:23
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