2005年04月02日

不死鳥

 それは、一枚の提案書から始まった。書面の上部に、提案プロジェクトの名前が大きく書かれているのが見える。その名は「フェニックス・プロジェクト」。

第1日目
 二人の白衣を着た研究員が実験机の上に電子レンジを一回り大きくしたぐらいの装置をセットした。一人が、計器類を確かめながらスイッチを入れる。ヴゥーンと小さな音を立てて小さく振動しながら、装置が穏やかに起動した。しばらくして、一人の研究員が腕時計を見て「もう、いいはずだ」ともう一人の研究員に声を掛けると、装置の側面の扉を開いた。中には一つの鶏卵が入っていた。研究員は満足したように頷くと、再び扉を閉めた。

第20日目
 装置の中の鶏卵が孵化した。卵の上部に小さな穴が開けられてから、約3時間後のことである。雛は自分が開けた穴を嘴で徐々に広げていくと、最後に伸び上がるように全身を広げ、殻を二つに裂いてその姿を現した。「始まったな」研究員は全身が濡れた雛の姿に目を遣りながら、感慨深げに小さくつぶやいた。

第23日目
 雛に餌やりが始まった。雛は生まれてから直ぐに大きなケージに移され、温湿度管理の行き届いた部屋で飼育されている。世話は3人の研究員が交代で行っている。「キリストの誕生も三賢者が立ち会ったことだし」研究員の一人が成果への期待を滲ませて、陽気に笑う。

約6週間後
 孵化当初は黄色の毛に覆われていた雛の体に、次第につやのある羽が伸び始める。まだシルエットは雛のものだが、嘴も少しずつ長く鋭くなり、可愛さから逞しさへと変容していくのが分かる。時折、短い羽をばたつかせながら空を見上げる仕草をするが、勿論大空に羽ばたく力はこの雛にはない。

約3ヶ月後
 見かけ上はかなり成鶏に近くなり、頭上の小さなトサカから雌であることが分かる。数日前、ケージの中に4羽の雄鶏が入れられた。交配の準備が始まったのだ。この雄鶏の中から彼女との相性を見て、慎重に交配相手を選別する。「ここ数日、雄鶏をケージ内に導入した事による環境変化からストレス傾向にあったが、無事順応したようである」仲良く餌をついばむ5羽の鶏を観ながら、研究員はそう日誌に記した。

約7ヶ月後
 産卵のニュースは、またたく間に研究所内に広がった。実物をひとめ見ようと押しかけた研究員達の好奇の視線に晒される中で、産み落とされた卵に対してCTスキャンなどの検査が順次、行われていった。いずれの検査項目にも、問題は見られない。最後に、卵は始めにプロジェクトで使用された電子レンジより一回り大きい装置の前に置かれた。装置は既に作動しており、ヴゥーンという小さく唸る音がしている。卵を運んできた研究員が計器をチェックしたあと、側面の扉を開けて中に卵を入れた。扉を閉めてスイッチを入れ、腕時計に目を落とす。装置がひときわ大きく唸り声を上げたのを確認すると、満足げに装置の扉に手を伸ばした。彼にはプロジェクトの成功は既に分かっていたのだから。

 再び、提案書の書面を眺めてみよう。その計画の概要にはこう書かれている。「――本プロジェクトは、時間軸方向における物質転送装置(以下、タイムマシンと表記)を用いて鶏が自分自身を生む状況を作り出すことで、閉じられた時間の輪の範囲内であるが永遠に続く生命体の存在を可能にし、物理法則における普遍性を検証することを目的とする……」

(2004.11.15)


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posted by 貴 | Comment(2) | TrackBack(0) | 小説
この記事へのコメント
貴さん、こんにちは
想像力をかきたてられる話ですね。
子供が自分で母親も自分…。卵が先か鶏が先か、この場合は無から生まれたことになるのか…。
考えれば考えるほど頭が混乱します。
タイムマシンで過去に行って自分の親を殺したら?というパラドックスの対極に位置するような状況。面白い発想ですね。
Posted by まえぞう at 2005年04月03日 17:27
まえぞうさん、いらっしゃい。
よくあるタイムトラベルの話の制約に、過去や未来の自分と会ってはいけない、と言うのがありますよね。なんでああなるのかよく分からないのですが、このことが原因なのですかね・・・。
ホントのところどうなるのか、僕も是非やってみたい実験なのですが。
Posted by 貴 at 2005年04月06日 00:08
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