2006年06月27日

淮南の牙

 一

 行軍の足は遅かった。敗戦に近い退却が兵士の足を鉛のように重くし、洛陽への道を疲労がさらに遠いものにしていた。馬上の諸葛誕が小さく「おのれ、元遜め」とつぶやいた。諸葛恪、字は元遜、誕とは同族である。恪の一族は彼の父の代に中原の戦乱を避けて徐州から揚州へと移り住み、後にそこで建国された呉に出仕した。時は漢朝の崩壊と共に起こった魏呉蜀が天下に覇を競った三国鼎立の時代である。恪の父、諸葛瑾は長く続いた戦乱の中で次第に頭角を現し、位はすでに人臣として最高となる大将軍へと昇りつめていた。瑾の弟、諸葛亮は既に亡くなっていたが、蜀において得た丞相として声望を知らぬものはいない。そもそも、荊州の一客将に過ぎなかった劉皇叔が益州の地に天下の一隅を得たのも、亮の知謀がなければ成し得なかったことである。魏は天下の要所である中原の地を占めながら、長年にわたり呉と蜀とを併呑することが出来なかった。この原因の一つに彼ら諸葛兄弟の影があったことは誰もが認めるところである。それゆえ、誕が魏に出仕した頃、密かな蔑みを持ってささやく者がいた。「蜀はその龍を得、呉はその虎を得、魏はその狗を得た」と。そんな嘲りを誕は冷笑で受け流した。自分が狗なのかどうかはそのうちおのずと分かることだ。その自信を裏付けるように、誕は御史中丞から尚書、揚州刺史へと順調に昇進を重ねていき、鎮東将軍として呉に対する防衛を一任される身分になっていた。そして、呉の将軍として誕と対峙したのが皮肉にも同族の恪だったのである。
 戦況はむしろ魏の優位に進んでいた。兵力にしても武具にしても、もともと魏が呉に劣るわけがなかったのである。それに加えて誕には剛直なまでに公正を重んじる潔癖さがあった。戦場での兵士は常に報償を目指して奮闘するものである。誕はその期待に厳正をもって応え、功績のあった者にはそれに相応しい論功を与え、軍規を乱した者には身分を問わず罰を与えた。その公正さは誕と兵士達との間に揺るがない信頼を生み、またたくまに自在な用兵を可能にした。そうなれば、思慮にどことなく甘さが感じられる恪に率いられた江南の兵など、怖れるものではない。誕に率いられた魏の兵たちは呉の國境を縦横無尽に駆けめぐった。
 「将軍、まもなく濡須口も我らの手に落ちましょう」
普段は寡黙な武官の桓治が連日の勝利に気をよくしたのか、諸葛誕に話しかけた。
「ああ、秋までには洛陽に戻れそうだな」
誕の言葉にも余裕が表れていた。洛陽では才人の一人としてとして名をはせていた誕である。酒の杯に秋の月を浮かべ、それを眺めながら友人と語らって過ごす自分の姿を思い浮かべていたのかも知れない。しかし、その穏やかな時も幕営に飛び込んできた兵士の一言によって打ち破られた。
「将軍、川の水を飲んだものが突然倒れ始めましたっ」
「倒れた者の数は!」
桓治が兵士に怒鳴った。
「およそ二千。ほかに、数百名の者が水を口にしています」
暑い江南の夏である。北方から来た兵士には水なしではつらい。土地の水は危険が高いと知りつつ、多くの者が飲んでしまうのが実際である。「ここは一旦、北岸まで退却するか」誕はすぐに戦線の後退を考えた。病んだ兵士を抱えるとその三倍の兵の動きが停滞する。それになにより安全な水の確保が必要だ。しかし、歩哨の兵が幕営に駆け込んできた時、誕は自分の考えが甘かったと認めざるを得なかった。
「呉の兵およそ八千、西南より進軍してきます」
誕は今回の兵士の病が恪の策謀によるものであると直感した。呉の山越には人を病にかける水があるという。おのれ、元遜め、魏兵を破ろうとするあまり川の水を汚したのか。
「将軍、如何なさります。呉兵が参りますぞ。我らは四万の兵、討って蹴散らしましょうぞ」
桓治が言うと、誕は大きく頭を振った。
「だめだ、正面から来るのが八千でも我が軍はすでに動揺している。それに、元遜はどこかに埋伏の兵を隠しているはずだ。ここは一旦、合肥まで撤退する。病の兵よりすぐに退却を開始せよ」
今を逃すと足手まといとなる二千の動けぬ兵士達を見捨てねばならなくなる、と誕は心の中で思った。

 二

 病の兵を合肥城に預けて残りの軍と共に洛陽へ帰参した諸葛誕を待っていたのは、意外にも敗戦の責を問う声ではなかった。厳罰を覚悟の上で皇帝に拝謁した誕に最初かけられたのは、大将軍曹爽からの労いとも受け取れる言葉だった。
「諸葛将軍、この度は不首尾という結果になって残念である。しかし、幸いにして我が軍の損失は少なく、一里の国土も掠め取られてはいない」
まだ年端もいかぬ殿上の皇帝曹芳に向かって鷹揚な態度で曹爽はそう言うと、誕を大きく囲うように居並ぶ廷臣達の顔を順に眺めた。曹爽の言葉に反論するものはおろか、この宮廷の実力者にまともに目を合わせる者すらいない。最後に曹爽の視線が皇帝の側で控える太傅司馬懿の顔上で止まった。
「呉を平定するには至らなかったが、諸葛将軍はこの度の遠征で大いに呉を連破したと聞く。それが証拠に、将軍が引き上げた後でも呉は沈黙したまま、すっかり温和しくなったではないか。ゆえに、この遠征は失敗ではなかったと思うのだが、太傅殿の意見はどうじゃな」
返答を求められた司馬懿は先ほどまで宙に浮かべていた視線を誕の顔に落とすと、値踏みするようにじっと見つめた。司馬懿は曹爽と共に先帝曹叡より後事を託された重臣であるが、魏の宗家に連なる曹爽とは身分が違うため常にその風下に置かれてきた。しかし、その実力も経験も曹爽よりはるかに上であろうことは誰もが知るところである。
「大将軍殿、確かに諸葛将軍の采配は見事だったと聞きまする。従兄弟の呉の将軍、諸葛恪を敵にして連日の快勝だったとか」
司馬懿が諸葛恪の名を口にした時、曹爽は少し考えるような表情を浮かべた。司馬懿はそれに気づかないような顔をしながら続ける。
「最後に呉軍は罠を使って諸葛将軍の兵を退却させましたが、あれは逆に呉の命取りとなりましょう。自らの手で国土を汚すなど、人望を失うに十分な過ちです。遅からず、今回の遠征は諸葛将軍の勝利だったと誰もが認めるような混乱が呉の中で発生するでしょう」
司馬懿の深謀を窺わせる所見に曹爽は「そうか」と簡単に応えただけだった。やや沈黙があって、曹爽の弟の曹羲が「して、諸葛将軍の処遇は如何いたそう」と問うた。すると、曹爽は思い出したように一言
「諸葛将軍には都督として揚州を鎮護してもらおうと思う」
と言った。すると、殿上の皇帝曹芳が
「左様にいたせ」
と発言し、誕の昇進が決まった。
 宮殿からの帰路、誕は何晏に声をかけられた。何晏は曹爽の腹心の一人である。何晏は曹爽大将軍が諸葛将軍の呉での用兵を直に聞きたいと仰ってるので、ぜひ拙邸で今夜行われる宴席にお出ましくださるようにと告げた。もし貴殿が来邸されるならこの宴席を都督昇進の祝賀としたいという大将軍のご意向です、とも言った。なるほど、今回は恩を売るから今後は尻尾を振って曹大将軍に仕えよ、ということか。誕は一言の弁解もないまま昇進が決まった宮廷でのやり取りを想起しながら思った。「ならば、私は太傅殿に対する備えの駒か」皇帝が誕の都督昇進を宣言した時の司馬懿の顔を思い返した。いつも通りの無表情で、眉一つ動かさなかった。あれは、感情を読み取らせまいとした顔なのか。それとも誕を取るに足らない将と見て何の感情も起こらなかったのか。そう考えた時、誕は自分の顔が紅潮していくのを感じた。

 三

 曹爽を罷免して魏の全権を掌握した司馬懿は既に亡く、魏の実権はその長子司馬師の時代になっていた。司馬師の弟、司馬昭は洛陽にあって兄を補佐し、その英俊ぶりを知らぬ者はいなかった。世は依然三国が天下を分かってはいたが、それはもはや天の意志が三国の統一にはないことを物語っていた。新たな司馬氏の時代を迎えようとしていた。
 司馬師は昭を自邸に招いて、初雪の降る庭を眺めていた。司馬師には実子がいない。養子となった昭の次男である司馬攸も共に庭を眺めていた。
「次は誰だと思う、子上」
ほどよく酒がまわった頃、司馬師が昭に言った。子上は昭の字である。
「さて、文欽あたりでありましょうか」
昭は兄の急な問いにもいつもの通り的確に応えた。兄は先日誅殺した夏侯玄のことを考えている。司馬氏が魏の実権を握ってから国内で反乱が絶えず、終息する気配がない。夏侯玄は魏の有力な皇族の一人であり、あの誅殺は司馬氏に対する反抗にむしろ油を注ぐ結果となるだろう。
「文欽か、確かにあの気性ならあり得るな」
師は実のところ反乱を旧弊の刷新に利用しようと考えている。そして、それが魏朝の簒奪を行う上で不可欠であることを昭も知っている。
「諸葛誕殿はどうでしょう」
師の杯に酒を注いでいた攸が言った。昭がハハハと笑って答えた。
「諸葛誕か、あれが立ち上がるなら一番始めに兵を起こしていたはずだ。根が剛直で決断も早い。挙兵が義にかなうと判断したら、躊躇せずにやる男だ」
「では、夏侯玄殿の謀略に義はないと判断したのでしょうか」
諸葛誕と夏侯玄が親しかったことは皆が知っている。それなのに挙兵しなかったのは、夏侯玄が謀略を用いゆえか、と攸は問うているのだ。
「そうだな。なんでも身分の下の者が上の者に対して謀反を起こすのは人の道に外れると言ったらしい。理想にかぶれた、本当に甘い男よ」
昭に代わって、兄の師が答えた。
「父上、しかし諸葛誕殿は用兵の天才だと聞きます。現に、南方より呉の進入を防いでいるのは諸葛殿の功績ではありませんか。果たして父上でも敵いましょうか」
「公休は計算ができないからな」
師は諸葛誕を公休と字で呼んだ。昭はそれが、父の司馬懿の言い方を真似た呼び方であることを知っている。
「公休はかつて呉の諸葛恪と戦った時、わずか二千の兵が病を得たばかりに四万の兵の勝利を棄てて撤退した。そうだったよな、子上」
「しかし、あの時は諸葛恪殿にも陽動に八千、さらに埋伏に五千の兵があったと聞きます。混乱した自軍に撤退を命じるのは適切な判断ではないでしょうか」
攸が横から口を挟んだ。
「攸よ、それは二千の兵も助けようとするから残りの兵も動きが悪くなるのではないかな。例えば、二千の兵を切り捨てれば、残りは三万八千で依然優位は変わらない。さらに、二千の兵を囮に使えば一万三千の呉兵など容易く破れるはずではないか」
昭も兄の言葉にその通りだと大きくうなずいた。
「戦場に立てば、ただ自分が勝つ計算だけを考えていればいい。それが出来ないのがあの男の弱さかも知れぬな」
畳みかけるように言う兄の言葉を聞きながら、昭は少し違うことを考えていた。「確かに兵を消耗することに躊躇する弱さがあの男にはあるが、用兵の巧みさは畏るべきものだ。危険な芽は早めに摘んでおく必要があるかも知れぬ」昭の杯の中にひとひらの白い雪が舞い下りたが、すぐに一滴の水となって酒の中に消えた。

 四

 洛陽からの密使で司馬師の急死を知った時、諸葛誕は呉に対する備えとして淮南にあった。文欽らがこの地で起こした反乱が鎮圧されたばかりで世情も未だ不安定であり、司馬師の死が新たな反乱や呉の侵攻を招く恐れは十分にあった。
「呉鋼、洛陽に十万の増兵を要請してくれ」
誕は長史の呉鋼に命じて朝廷に援軍要請の使者を送らせた。
 司馬昭は司馬師の跡を継ぎ、魏の大都督となっていた。腹心の賈充を呼び、誕からの援軍要請について諮った。
「殿は天下は治めるものだと思いますかな、治まるものだと思いますかな」
賈充の言葉を聞き、昭には彼が言わんとしていることがすぐ分かった。諸侯に甘んじて魏の宗室を今後も維持していくつもりなら天下は自然と治まるもの、魏の帝位を簒奪してでも司馬氏の権勢を得る意志があるなら即ち天下は治めるものだというのだろう。
「天下はやはり治めるものではないか?」
その言葉に賈充はしたりという顔で答えた。
「ならば、淮南に援軍を送るのは危険でありましょう。諸葛誕殿ほど剛直な忠臣は今の魏朝にはおりませんからな。それに人望も厚い」
「されど、要請された援軍を拒む理由がないではないか。無下に断れば諸侯に怪しまれる」
「そうですな。それに、諸葛誕殿を淮南においたままだと何かと危険でしょう。淮南には既に二十万の兵がおりますからな。まず、諸葛誕殿とこの兵を切り離す必要があると思います」
「そうか、ならば勅命を持って洛陽に呼び寄せよ」
こうして、洛陽から淮南へ誕を召還する勅書が送られた。
 誕は謹んで洛陽からの勅使を受けた。その内容は「司空に任ずるゆえ急ぎ帰京して拝命するように」という召還命令であった。
「将軍、おめでとうございます」
素直に勅命を喜ぶ呉鋼を始めとした群臣の祝辞を聞きながら、誕はいかに自分が軽率なことをしたのかと嘆いていた。淮南にはすでに二十万の兵力がある。さらに十万の援軍を要請すれば、司馬一族に警戒されることは分かっていたはずだ。司空に任命するという話はおそらく自分を洛陽へ呼ぶための嘘であろう。しかし、天子の名において出された召還に応じなければ、それだけで反逆と見なされる。
 ならば魏臣として召還に応じるのみと決断した誕は、居並ぶ群臣を前に告げた。
「諸君、祝いの言葉をありがとう。私も司空を謹んで拝命しようと思う。しかし、その前に畏れ多くも魏の帝位を簒奪せんとする者、司馬昭とその一族を血祭りにあげて、社稷を正道に戻した上で拝命したいと思う。私についてきてくれる者はいるか」
困惑した群臣の間でしばらく黙然とした時が過ぎたが、やがて誕に命を預けた者達の大音声が鳴り響いた。

 諸葛誕の反乱は一年あまりに及んだ。呼応して呉や蜀も魏を攻めたが、大した戦果をあげることもなく誕の籠もる寿春城は孤立した。寿春城は堅牢なため魏軍も闇雲に陥落させようとは考えていない。遠巻き魏兵に囲まれた城内で、諸葛誕は思いがけず長子の洸と穏やかな一日を過ごしていた。洸は聞いた。
「父上、我が軍が司馬昭の軍を破るためにはどうすればよろしいのでしょうか」
「それは簡単なことだ、洸よ」
誕は心の中で思った。呉の諸葛瑾は主君孫権の信頼を得て虎となり、蜀の諸葛亮は劉皇叔の人徳のもとで竜の如く飛翔した。――それだけのことだ。しかし、誕は息子の洸に聞かせる言葉を知らなかった。
「簡単なことだ」
もう一度つぶやいた言葉は、誕自身にも虚しく聞こえた。不意に誕は司馬懿や曹爽のことを思い出して笑った。
「父上、何が可笑しいのですか」
「長生きしたいなら狐や貂の方がましなようだと思ってな。虎は狗にしかなれないらしい」
父の言葉の真意を測りかねた洸は、ただ戸惑いの表情を浮かべた。
 諸葛誕は寿春城陥落の混乱の中、魏将の胡奮により斬り殺された。残された誕の麾下の兵数百は落城後も降伏せず捕らえられた。そして、「諸葛公と共に戦い、諸葛公のために死ぬことに悔いなどあろうか」と言って自ら処刑台の露へと消えていったという。

(2006.6.27)

本編は犬祭3に参加しています。
★銀のお題F「200年以上前の海外古典文学か故事とのつながりを感じさせるもの」使用
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