2006年02月04日

明日は明後日やってくる

 「課長、これ終わりました。ちょっと休んでいいですか?」
「よし、終わったか。15分なら寝てもいいぞ」
竹田はふらふらした足取りで会議室に向かっていった。休むぐらいならさっさと全部やっちまえよ、と俺は思いながらその後ろ姿を見送る。
「課長、これから私の担当の3.3.5-8章を書こうと思うのですが、竹田君の後に続く章なので、一応その原稿に目を通したいのですが。」
竹田の原稿が終わるのを待ってましたと言わんばかりに、山さんが立ち上がった。さすがはベテラン、段取りがいい。
「おう、ちょっとちょっと待ってくれ山さん。うーん、山さん。済まないけど、竹田を起こしてきてくれないか。これは、ひどい。ひどすぎる……」
山さんはまたかというような表情をして、課長の机に並べられた栄養ドリンクを一本取った。
「あ、まて、山さん。もう一本持って行ってくれ。竹田には鼻血を出してでもここはきっちり書かせないといけない。あいつももう新人ではないんだしな。」
了解、と頷いて山さんは一番大きな栄養ドリンクを取り上げた。執務の杏子ちゃんが「これ飲んでどうなっても知りませんからね、ふふふ」と言いながら差し入れたやつだ。課長でさえも山さんの行動に目を大きく見開く。

 突如、会議室に入った山さんから悲鳴が上がった。
「いません、竹田がいません」
課長の顔がさーっと青くなる。俺たちも顔を見合わして何か言おうとするが、もぞもぞと口が動くばかりで誰が何を言っているのかまったく分からない。
「斉藤、竹田は確か7章も書くことになっていたんだよな。」
課長が悲鳴に近い声を上げた。声が裏返っていてほとんど何を言っているのか分からないが、俺たちにはそれが分かる。7章。この提案書の目玉。竹田が半年かけて調べあげて考えた、竹田しか知らない魅惑の1章。計り知れない無限の宇宙――。
「おい、誰か竹田の代わりに7章を書けるやついないか。おい、誰か……誰か……」
課長の声がかすれてもう何を言っているのか分からない。口をぱくぱくと開いても声も出ない。
「課長、竹田を捜しましょう。まだ遠くには行っていないはずです。」
冷静な山さんがいつの間にか課長のデスクの前に立っていて、しっかりとした声で言った。山さんの落ち着き様より、山さんの握りしめたひときわ大きな栄養ドリンクが既に空になっていることに、俺たちは既に追いつめられていることを悟った。山さんが、あの山さんが「これ飲んでどうなっても知りませんからね、ふふふ」のドリンクを口にしたんだ。俺たちの背中に、骨髄に、全身に戦慄が走った。
「いいか、役所への提案書の締切は今日の夕方5時だ。役人は役人だ。期限は一分でも待ってはくれない。今、俺たちにできることは竹田を即時捕獲するしかない。意見は。」
山さんの怪しく光る眼差しに、すでに会議室での仮眠を繰り返してきた俺たちの濁り始めた眼差しが妖しく答える。そうだ、竹田を捕まえろ。
「だから……だから俺はまず7章から書けと竹田に言ったんだ……あー、このままでは……」
何か繰り返しつぶやいている課長をあとに俺たちは竹田の後を追って朝靄のかかった外に出た。確かこれが6度目の朝だ。俺達にはいつまで今日が続くのか、既にわけが分からない。

(2005.10.22)


― いかがでしたか?(さらに詳しく
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posted by 貴 | Comment(2) | TrackBack(0) | 小説
この記事へのコメント
貴さん、こんにちは。いつもお世話になってます。こちらのサイトは、ふらふら〜っと覗いたりしてたのですが、コメント書いたことなかったです。今日はせっかくなので(試験があと一科目なのでちょっと身軽)こそっとコメント残します。
超短編の方で読んだ時も「いいなぁ〜」とお気に入りだったのですが、何度読んでも面白いです(^^)肉まんを食べるとこの作品思い出します。以前、竹田くんはどこか遠くで肉まんでも食べてるんだろうと感想に書いて以来です(笑)竹田くん、戻ったかなぁ、と思い出すのです。あはは。・・・。うーん、なんだか長々とつまらないことを、すみません(^^;ここらで失礼しますね!寒いので、体にはお気をつけて下さい★
Posted by さわら at 2006年02月10日 17:15
それにしても6度目の朝は無いですよ^^こんな短い文章なのに、課長や山さんがキャラ濃いですし・・・役所との関係が1文でビシッと決まってるし・・・。あれですね。長文の作品を期待してしまう、そんな文章ですね。
Posted by 独マサ at 2007年01月25日 03:07
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