2006年01月15日

三つの願い

 海より吹く穏やかな風が磯辺にも春の到来を告げていたが、懐から古いランプを大事そうに取り出した男がそんな季節の機微を感じているようには思われなかった。鋭く周囲を見回した初老の男は、取り出したランプを袖で強くこすり始めた。豪奢な服の袖がみるみる汚れていく。しかし、ランプは錆びる前の地金の色合いを僅かに取り戻しただけで、それ以上の変化を見せることはなかった。「ちっ、またか」男は小さく罵ると、ランプを足下の岩に向かって投げつけた。
 とたんに、ランプの口からモクモクと白煙が上がり、その煙の中から背の丈5メートルはあろうかという巨大な魔神が現れた。
「誰だ、ワシの眠りを妨げる者は。」
魔神の怒りを顕わにした声が轟いたが、男は怯んだ様子もなく平然と答えた。
「私だ。お前をランプから解放したのはこの私だ。」
「解放だと?ワシはあと三百年は眠っているつもりだったのだ。それを叩き起こしておいて、解放だと言うのか?」
「それでも、お前はランプから私の助けを借りて出たではないか。私はお前を解放したのだ。ならば、お前がこの世界で自由を得る前にするべき事があるはずだろう。」
魔神は男の言いぐさにあきれ果てた顔をしたが、全能者ゆえの寛容さか
「まあ、いい。お前の3つの願いを叶えてやろう。」
と言った。
 男は近くの岩に腰掛けると、一つめの願いを口にした。
「魔神よ、私をもっとも富める国の国王にせよ。」
「なんだ、そんなことでいいのか。」
魔神は海に向かって両手を掲げると、短く呪文を唱えた。すると、海面が急激にせり上がり、その下から広大な大地が現れた。大地には森や畑、町並みが連なり、遙か向こうには絢爛たる王宮が見える。間近に見える小さな港町でさえ華やかに着飾った人々で賑わい、店先は商品で溢れている。
「これが、私の国か。なんて豊かな国なんだ。すばらしい。本当に素晴らしい。
「では、二つめの願いだ。私に永遠の若さを与えろ。」
魔神は「なんて欲深いやつだ」と嘲りの表情を浮かべながら右腕を自分の背中に回すと、再び前に腕を出した。その手には青い液体の入った瓶が握られていた。
「さあ、この液体を飲んで、永遠の若さを手にするがいい。」
魔神がそういって瓶を手渡すと、男は液体を一気に飲み干した。すると、白髪の頭に色が戻り、年を刻んでいた皺も消え、背筋もしゃんと伸び、全てが若返っていくのを感じた。見る風景も今までの翳んだ風景ではない。男はしばらくの間、ハッキリとした目で自分の王国を飽かず眺めていた。
「おい、最後の願いを言って、早くワシを解放しないか。」
しびれを切らした魔神は、男に向かって命令した。
「そうだな。それでは、三つめの願いは……」
男は狡猾な笑いを浮かべると、三つめの願いをゆっくりと口にした。
「3つめの願いは……今一度、私の三つの願いを叶えよ。」
魔神は「ふん」と男の魂胆を鼻で笑うと、
「よかろう、それが最後の願いだ。」
と告げ、右手の指をパチンと弾いた。そして、口の中でモゴモゴと呪文を唱える。すると、今度は男が何かゆっくりとした呪文を唱えた。男は自分が何で呪文を唱えたのか分からなかったが、呪文を唱え終えたとたん目はかすみ、腰は曲がり、自分が元の老人に戻っていくのが分かった。それを見た魔神は右手の中に先ほどの瓶を再び現すと、男に渡す。渡された男が上を向いて瓶を口に近づけると、口から青い液体が流れ上ってきて瓶に収まった。男は起こっていることに戸惑いながら瓶を魔神に渡すと、魔神はそれを後ろ手に回して瓶ごと消した。「三つの願いを与えろとは命じたが、前の願いを取り消すとは言わなかったはずだ」と言おうとして開いた男の口から、代わりに激しい呪文がこぼれた。すると、今度は目の前の王国が海中に沈み始めた。森も畑も町も王宮も、全てを乗せたまませり上がる海面に飲み込まれて沈んでいく。
男の王国が完全に沈んだのを見届けると、魔神は両手を天に向かって掲げながら何か呪文を唱えた。これ以上、何を奪い取ろうというのか。男は思わず立ち上がって何かを叫んだはずだが、放心の態で何を言ったかも覚えていない。魔神がもう一言、呪文を唱えると、最後にハッキリした口調で
「まあ、いい。お前の三つの願いを叶えてやろう。」
と言った。男は、その言葉をどこかで聞いた気がした。そうか、この言葉は男が一つめの願いを口にする前に魔神が言った言葉だ。すると、今はあの時の状態に戻っただけなのか。男は自分にはチャンスがまだあるんだと安心し、今度の選択は慎重にしようと心に決めた。しかし、身体は男の意に反して近くの岩に腰を下ろすと、無造作に
「魔神よ、私をもっとも富める国の国王にせよ。」
と一つめの願いを口にしていた。

(2005.7.12)


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posted by 貴 | Comment(1) | TrackBack(1) | 小説
この記事へのコメント
評価:☆☆☆(まあまあ)
Posted by Mr.X at 2010年06月14日 22:19
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三つの願い
Excerpt:  どうも、Kaiです。先日はトラックバックありがとうございました。初トラックバックです。いまいち理解していませんが。 しかしタイトルまで一緒とは・・・。な、内容までも・・??
Weblog: 風のように賢く 塵のように素直であれ
Tracked: 2006-01-15 17:30
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